ロボットで動かすより“動かさない方が強い”理由|固定撮像×AIで現場が安定する本当の話
杉谷の独り言
ロボットでカメラを走らせる構想から、固定撮像+AIへ仮説を切り替える判断をしました。打合せ日程も再調整の目処が立ち、現場の“変えない設計”で成果を出す道筋が見えてきました。
直近の進展と気づき
この案件、長くロボットにカメラを持たせて走査する方式を中心に積み上げてきましたが、直近で「固定撮像+AI画像処理で十分いけるのでは」という仮説に手応えが出てきました。現場側の既設設備に大きく手を入れず、撮像条件だけを作り込む。結果として、導入のハードルも運用の手間も下げられる可能性が高いと見ています。
同時に、先方の事情で一時連絡が取りづらい時期が続きましたが、打合せの候補日が複数上がり、再び対話モードに戻れそうです。やり取りの中では、社内承認資料の準備状況や、年度をまたぐ設置の許容範囲についても確認テーマとして浮かびました。システムの方針を切り替えるなら、ここは避けて通れません。計画・承認・設置の三点を、無理なく一筆書きにする道筋をつくる。これは技術以前に「進め方の設計」の話だと、改めて感じています。
もう一つの気づきは、固定撮像に舵を切るためには、先方の既設検査の「中身」を最低限でよいので理解する必要があることです。具体的なプログラムの手の内を知る必要はありませんが、NG定義や閾値の考え方、外部信号とのやり取りの粒度がわからないと、せっかくのAIも当て勘になってしまう。ここは“黒塗りでも構わないから概念図を”という頼み方で、現場の負担を上げずに要点だけ共有していく段取りを意識しています。
専門の視点から(今回の論点)
検査を成功させる要は「光」と「姿勢」と「定義」です。カメラの性能やAIの賢さはもちろん大切ですが、最後はこの三つに収れんします。
- 固定撮像の肝は、照明設計と姿勢拘束
カメラを動かさないということは、ワークの位置・姿勢のばらつきを、撮像側ではなく搬送・治具側で吸収する設計に寄せることを意味します。姿勢拘束は数ミリでも効きますし、照明は偏光・入射角・多方向の組み合わせが効きます。特に意匠面や金属光沢の強い部位は、反射を「出さない」か「出しても揃える」かの二択。AIに頼る前に物理で勝っておく、が定石です。 - ロボット走査との比較軸
これまでのロボット走査は、視野や距離を柔軟に作れるのが強みでした。一方で、タクトの余裕と保全性は固定撮像に分があります。評価軸を整理すると、①サイクルタイムの確実性(バッファの取りやすさ)、②導入の影響範囲(既設改造の最小化)、③運用・保全のシンプルさ(故障点の少なさ)、④将来拡張(カメラの追加や条件差し替えの容易さ)の4点。今回の現場条件では、固定撮像が総合点で勝つ見立てです。 - 「AIに任せる」の誤解
AI画像処理は万能ではありません。教師データの質と量、NGの境界の明確さ、そして入力画像の安定度が揃って初めて“強い”AIになります。逆にいうと、NG定義が揺れている段階では、AIは揺れを増幅させます。だからこそ、学習データづくりの前に「検査の思想」を言語化することが重要です。例えば「意匠面のどの程度の光沢ムラを許容とするか」「線状欠陥の長さ×幅×コントラストの閾値はどう考えるか」など、現場の目利きを定量化する作業が不可欠です。 - 既設システムとの「静かな接続」
固定撮像に切り替えるには、既設のコントローラや検査装置との入出力をどう噛ませるかがポイントになります。頻繁に変える信号は何か、変えてはいけない信号は何か。ここは“概念配線図+信号一覧(意味と周期だけ)”を共有いただければ、設計の確からしさが一気に上がります。全容を開示いただかなくても、衝突しない接続が設計できます。 - タクト設計の考え方
固定撮像では、カメラを複数化して並列に処理するのがオーソドックスです。ここで効くのは「判定処理の分散」と「撮像トリガの同期精度」。処理が偏ると全体タクトが伸びます。そこで“重い検査は独立ユニットに、軽い検査は集約して並列化”という整理をしておくと、演算負荷の偏りが抑えられます。さらに、タクトに対して15〜20%のバッファを最初から組み、将来の検査項目追加にも耐える設計にしておくのが現実的です。 - 年度をまたぐ設置と“計上の技術”
技術論とは別に、設置時期を年度跨ぎにする場合、社内承認と検収の整合を早めに合わせることが肝です。「いつをもって完成と見なすか」「どのタイミングで検収テストを行うか」を先に握っておくと、後工程の関係者が動きやすくなります。ここを曖昧にすると、技術ができていても“動かない”時間が伸びます。
今回の核心は、「動かすことで解ける問題」と「動かさないから解ける問題」を仕分けたこと。固定撮像は後者の代表です。治具と光を作り込む代わりに、可動部を減らし、運用の安定度を上げる。現場にとっての“楽”を、機械ではなく設計でつくる。この考え方が腹に落ちました。
次の一手
- 現地10分レビューの実施
現場の方に負担をかけない形で、既設の検査フロー図と主要信号(意味・タイミングだけ)の概念共有をお願いする。黒塗りでも可。目的は「衝突しない接続」と「固定撮像の設置位置の当たり」を付けること。 - 超簡易PoC(固定撮像版)
可搬な撮像リグ(照明込み)を持ち込み、サンプル複数種で“撮れる・見える・安定する”を確認。AI学習は後回しにして、まずは生画像の再現性と反射制御の可否を短時間で検証する。ここで撮像条件の当たりを掴む。 - 承認とスケジュールの一本化
社内承認資料のドラフト項目をこちらで雛形化(機密不要の骨子のみ)し、年度をまたぐ場合のチェックポイント(中間確認・検収テスト・立上げ)を3点に絞って提案。技術と承認のタイミングを最短距離で揃える。
📘用語メモ
- 固定撮像:カメラを動かさず、対象物の位置や姿勢を安定させて撮影する方式。可動部が減り保全性が高い。
- ロボット走査:ロボットにカメラを搭載し、対象物の上を移動しながら撮影する方式。柔軟だが可動部が増える。
- AI画像処理:機械学習を用いて欠陥や特徴を自動で判別する手法。入力画像の安定と明確な判定基準が重要。
- 意匠面:外観品質が重視される表面。金属光沢や色ムラなど、検出が難しい場合がある。
- サイクルタイム(タクト):1個あたりの処理に要する時間。設計時はバッファ(余裕)を確保するのが定石。
- PoC(Proof of Concept):概念実証。小規模の検証で技術的成立性を確かめる。
- デザインレビュー:設計段階で関係者が集まり、(ある関係者)やリスクを事前に確認する会議。
- ワーク:検査・加工の対象となる部品や製品。
- 偏光・多方向照明:反射や影の影響を抑えるため、光の向きや性質を制御する照明手法。
- 検収:納入物が(ある関係者)を満たしているかを確認し、正式に受け入れる手続き。
- 社内承認資料(稟議):設備導入などの社内決裁を得るための資料。目的・効果・リスク・スケジュール等を整理する。

